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「人にはそれぞれ『自分の木』ときめられている樹木が森の高みにある…人の魂は、その「自分の木」の根方から谷間に降りて来て人間としての身体に入る…そして、森のなかに入って、たまたま「自分の木」の下に立っていると、年をとってしまった自分に会うことがある」
7、8歳のころ、太平洋戦争の間に祖母からこの話を聞いた著者は、年老いた自分にこう問いかけたいと思った。
「――どうして生きてきたのですか?」
著者はこの質問に答えるためにずっと小説を書いてきたという。しかし、それから60年近くがたち、「年をとってしまった自分」になってみると、若い人たちに向けて「自分の木」の下で直接話をするように書きたいという気持ちが強くなった。自分の言葉が彼らの胸のうちで新しい命として生き続けられるように――。
本書は著者が初めて書いた子ども向けの本である。自伝的要素が強く、不登校、生きる理由と方法、自殺、言葉、戦争、反戦運動、勉強の方法などをテーマに、悩める子どもたちへの真摯(しんし)なメッセージが著者自身の体験と共につづられる。小学校で経験した敗戦、四国の山間で父や母、祖母から伝え聞いた話、勉強に勤しんだ学生時代の思い出の数々、障害を持って生まれた長男の誕生と成長…。大江ゆかりの挿画は玉に傷だが、多くの困難を乗り越えて偉業を達成した著者の言葉は、暗闇に迷い込んだ子どもたちやその親に、希望という一筋の光明を与えるに違いない。(齋藤聡海)
大江 健三郎
1935年愛媛県生まれ。東京大学仏文科卒。大学在学中の58年、「飼育」で芥川賞受賞。以降、現在まで常に現代文学をリードし続け、『万延元年のフット ボール』(谷崎潤一郎賞)、『洪水はわが魂に及び』(野間文芸賞)、『「雨の木」を聴く女たち』(読売文学賞)、『新しい人よ眼ざめよ』(大佛次郎賞)な ど数多くの賞を受賞、94年にノーベル文学賞を受賞。