Detail
いまや日本酒は量よりも質の時代に、すなわち名酒の時代に入ったといわれる。
しかし、名酒とは、ただ唎き酒してうまいとか、口当たりがいいとかいうものではあるまい。
それは他の芸術でいう名品・名作と同じく、単に表面的な美味を越えた一つの文化の所産でなくてはならない。
私はこの一書で、真に名酒といわれるものの生まれる、この国の造り酒屋に典型的に現れ伝承された、風土と文化の根源を探りあてようとした。
著者
大学は美学を出て演劇や映画を勉強し、だから戯曲や小説を書き、やがて戦時下日本の抵抗運動を論じ、更に内村鑑三へと稲垣真美氏の筆が及んだ時までは驚かなかったが、その彼が数年前に「ほんものの日本酒選び」、続いて「ほんものの名酒百選」、更にそれらの仕上げとして今度の『日本の名酒」を出すに至って、その真剣な情熱に、私はびっくりを通り越して少々仰天する。著者はわれらの知らぬ間に十数年来、全国の蔵元を自分の足で着実に歩いて回った結果として、驚くべく実証的かつ科学的に酒を見ているということの上に、何よりもまず、うまい酒をうまく味わおうということにおいて真剣である。
そしてその真剣さは、当然単に出来上った酒ということだけでなく、その奥にある酒造りという、底知れぬ深みを持った、極めて人間的に複雑徹炒ないとなみの全体へと向けられて行く。推薦する銘柄が1冊ごとにちょいちょい変っていることも、著者の研究が不断であることを示している。
持つべきものはまことに友、彼のお隣でうまい酒が飲めるとこれまでは思っていたのだが、この本の読者は、みな同じ恩恵に浴するわけだ。
木下順ニ