Detail
サリンジャーは1953年に最初の短編集「九つの物語」を出版したが、それまでにこの短編集に収録されなかった21編の作品をいくつかの雑誌に発表している。
本選集第二巻収録の16編、本巻収録の中編「倒錯の森」を含む5編がそれである。
作者自身はこれらの作品をあまり高く評価せず、最初に雑誌に発表したまま長く放置されていたが、その後、サリンジャーが連作を発表するにつれて作者特有の主題を通して、その関連性が重視されてきた。作者自身の評価にもかかわらず、これら初期の作品群を抜きにしてはサリンジャーの文学を語ることは不可能ときえ云えるだろう。
「バナナフィッシュに最良の日」以後、グラス家を扱ったサリンジャーの作品は第に象徴性を深め、自口の世界に沈潜してゆくかに見えるが、これら初期の物語は技法的には不安定な一面を示しながら生き生きした風俗描写、洗練された会話、登場人物の微妙な心理など作者のみずみずしい情感に溢れた貴重な作品集である。