Detail
写真。嘘が溢れる世の中で唯一信じられるもの。
町田康×Photograph
一葉の写真が映し出す世界
まあ、はっきり言ってみんな羨ましがる。いいなあ、なんて言う。
でも山羊で人間の手なんていいことはひとつもない。というか面倒くさいことだらけだ。
なにが面倒くさいかと言って、日に何度も手を洗わなければならないのがもっとも面倒くさい。
通常の山羊の手であれば、地面についていてもなんとも思わない。でもなまじ人間の手をしているものだから、手が泥だらけになっているとなんとなく気分がすっきりしないし、爪の先が黒いのもみっともないと思うから手を洗う。
しかし、手は人間でも身体は山羊だからどうしても手をつかないでいることはできない。
だから日に何度も手を洗うことになるんだね、これが面倒くさい。
あと煩わしいのは、山羊仲間に、僕が指輪をしたり腕時計をしたりして人間ぶっていい気になっている、と批判する者があるということで、いいじゃないかそれくらい。
指輪はファンの子に貰ったから嵌めているだけだし、時計は餌の時間とか分かって便利だからしているだけで別に人間ぶっている訳ではない。なのにそんなことをいう山羊がいるというのは悲しいことだと思っていたら、あいつらが来たので塀に手をかけて夕日を見る振りをして鹿十した。
山羊十した。……<本文より。山羊談>
目次
弁明相撲
悲しい夜
応援団
ちゅうちゅうちゅう
秘密芸人
鯛鱈芳司君
ロカビリー
何が望みだ?
えーかげんにせい
武蔵坊弁慶〔ほか〕
町田康
1962年大阪府生まれ。作家、歌手、詩人として活躍。
96年に発表した処女小説『くっすん大黒』でドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞、
2000年『きれぎれ』で芥川賞、2001年『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、
2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、
2005年『告白』で谷崎潤一郎賞を受賞