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「ここに資本主義の真の敵がいる。
かつて社会主義を信奉した私の両親のことではない。
資本主義の動力である欲望を否定する者たちだ。」
純文学と諧謔的コメディが交錯するなかで実存的な問いを鋭く掘り下げた傑作短篇集。
発禁作『パルチザンの娘』でデビューし、『父の革命日誌』が韓国で30万部を超す大ベストセラーを記録した、孤高の女性作家の真骨頂。
〈両親の足跡をたどる『パルチザンの娘』によって一躍その名を世に知らしめた数年後、小説家としてデビューを果たしたチョン・ジアは、短編小説という形式の中で両親の記憶を掘り起こし、積み重ねながら、その存在論的な問いを求礼という土地と結びつけて描いてきた。彼女の過去の作品には自伝的な要素が色濃く反映されており、分断国家がもたらしたイデオロギーに苦しむ登場人物たちは、その連鎖から逃れることができず、むしろそれによってのみ自己の存在を証明しうるかのように描かれていた。求礼に暮らす隣人たちもまた、それぞれ異なる物語を抱えて生きている。他者の声に耳を傾けること、多様な存在のありようを見つめる眼差しこそが、この短編集に見られる変化なのではないか。——訳者〉
《たいていの読者は、チョン・ジアという名前から「パルチザンの娘」を連想するだろう。
気持ち? そんなものクソくらえだ。
私が生まれたとき両親はすでに年老いており、資本主義の死んだ敵にすぎなかった。
社会主義という四文字は私の人生の記憶に烙印のごとく刻み込まれ、その敵である資本主義に対しては並々ならぬ関心を持つことを余儀なくされたのだ。クソったれ。》
装画:イシサカゴロウ
チョン・ジア
一九六五年、全羅南道求礼生まれ。中央大学大学院文芸創作科博士課程修了。
父は元南朝鮮労働党全羅南道党組織部長、母は元南部軍政治指導員。
一九九〇年、自身の両親をモデルにした長編小説『パルチザンの娘』を発表するが、発禁処分となり、指名手配を受ける。
一九九六年、朝鮮日報の新春文芸に入選し、作家活動を本格的に開始。
「風景」で李孝石文学賞(二〇〇六年)、「私たちはどこまで知っているのか」で金裕貞文学賞(二〇二〇年)、『父の革命日誌』で萬海文学賞(二〇二三年)を受賞。
特異な存在感を放ち、現代韓国文学を代表する作家の一人。
邦訳書に、『父の革命日誌』(橋本智保訳、河出書房新社)、『歳月——鄭智我作品集』(橋本智保訳、新幹社)。