Detail
ヴェトナムの戦場で著者が得た過酷な経験を基に、回復できない男の魂の彷徨を描く。
『輝ける闇』に続く、傑作の誉れ高い開高健の戦場文学。
ヴェトナム戦争で信ずべき自己を見失った主人公は、ただひたすら眠り、貪欲に食い、繰返し性に溺れる嫌悪の日々をおくる……が、ある朝、女と別れ、ヴェトナムの戦場に回帰する。
“徒労、倦怠、焦躁と殺戮"という暗く抜け道のない現代にあって、精神的混迷に灯を探し求め、絶望の淵にあえぐ現代人の《魂の地獄と救済》を描き、著者自らが第二の処女作とする純文学長編。
本文冒頭より
その頃も旅をしていた。
ある国をでて、べつの国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた。季節はちょうど夏の入口で、大半の住民がすでに休暇のために南へいき、都は広大な墓地か空谷にそっくりのからっぽさだった。毎日、朝から雨が降り、古綿のような空がひくくたれさがり、熱や輝きはどこにもない。夏はひどい下痢を起し、どこもかしこもただ冷たくて、じとじとし、薄暗かった。
開高健(1930-1989)
大阪市生れ。大阪市立大卒。1958(昭和33)年、「裸の王様」で芥川賞を受賞して以来、「日本三文オペラ」「流亡記」など、次々に話題作を発表。1960年代になってからは、しばしばヴェトナムの戦場に赴く。その経験は「輝ける闇」「夏の闇」などに色濃く影を落としている。1978年、「玉、砕ける」で川端康成賞、1981年、一連のルポルタージュ文学により菊池寛賞、1986年、自伝的長編「耳の物語」で日本文学大賞を受けるなど、受賞多数。『開高健全集』全22巻(新潮社刊)。