Detail
地図を作った陸地測量部員たちは地図もなしに、なぜ峻険なアルプスの頂に立てたのか?「日本アルプス」の名を世界に広めた英国人宣教師ウェストンが、山麓でまず頼ったのは誰か?これまで“外来”の登山者の側からしかスポットを当てられなかった近代の登山史を、幕藩体制の時代から山々を否応なく生業の場とし、近年では遭難時に救助態勢を組まざるを得ない“地元”の苦闘の視点から捉え直した画期的な北ア史。営業小屋開設百年を期して贈る。
目次
1 夜明け前の踏み跡(つくられた「山岳神話」;北アルプス縦横の杣道、猟師道;“出世”が遅れた常念岳 ほか)
2 山小屋のルーツ(松沢貞逸と百瀬慎太郎;「天蚕」が生んだ山小屋;青年たちの夢の系譜 ほか)
3 発展の陰に(学校登山の盛衰;知られざる山案内人の素顔;県境小屋の特異な悩み ほか)
菊地俊朗
1935年、東京生まれ。早大卒。信濃毎日新聞入社。社会部長、常務取締役松本本社代表などを歴任、現在、監査役。記者時代より山岳遭難、山岳環境問題を追求。この間、64年、長野県山岳連盟を中心とするヒマラヤ・ギャチュンカン登山隊に隊員として参加。その遠征報道で日本新聞協会賞(編集部門)を受賞。