Detail
一生に一度だけ、死者との再会を叶えてくれるという「使者(ツナグ)」。突然死したアイドルが心の支えだったOL、年老いた母に癌告知出来なかった頑固な息子、親友に抱いた嫉妬心に苛まれる女子高生、失踪した婚約者を待ち続ける会社員……ツナグの仲介のもと再会した生者と死者。それぞれの想いをかかえた一夜の邂逅は、何をもたらすのだろうか。心の隅々に染み入る感動の連作長編小説。
第32回 吉川英治文学新人賞
辻村深月入門の最良の1冊 三浦天紗子
ファンには知られていることだが、辻村深月の作品は、作品が内包する雰囲気やテーマによって「黒辻村」「白辻村」と分けられ、愛されてきた。
『太陽の坐る場所』や『オーダーメイド殺人クラブ』、『盲目的な恋と友情』などが、誰にもわかってもらえない孤独感やどす黒い感情を抱えた者たちを描く黒辻村だとすれば、大切な誰かのために勇気を振り絞る者、温かく寄り添う者がいて、光射すような読後感に包まれる、『ぼくのメジャースプーン』や『島はぼくらと』、先に本屋大賞に輝いた『かがみの孤城』などは、白辻村。本書『ツナグ』はその白辻村の系譜につらなる。
「使者」と書いて〈ツナグ〉と読む。その役割は、〈死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口〉として、一度だけの再会の仲立ちをすること。都市伝説のようだが、本当に必要な人のところには使者とつながるごく自然な巡り合わせが用意されている。だが、生者は死者と、死者もまた生者と、一度しか会うことは叶わない。ゆえに、そのたった一度の邂逅は、それだけ重い。
〈僕が使者ツナグです〉と現れた少年は、たとえば、自分に絶望していたOLの、突然死した38歳のタレントに会いたいという願いの仲介をする。また、それなりに裕福な家業を継いだ偏屈な長男の、亡母との再会を橋渡ししてやる。
本書はそんなふうに、生者と死者それぞれの胸に湧き上がる思いをていねいに掬い上げる、連作スタイルになっている。
しかし、黒/白と分けられつつも、シミひとつない白ではないところが、白辻村の本当の面白さだとも思う。「親友の心得」という章では、高校生の嵐美砂が、事故死した御園奈津との再会を求める。仲のいい姉妹みたいと言われるほど親しかった友達を亡くした喪失感からではなく、御園に嫉妬した嵐が実行したある計画が、御園の死の原因になったのではないかと怯えたからだ。嵐は、あの悪意を御園は知っていたのかを確かめたがるが、御園は生前と変わらぬ佇まいのままで、嵐を責めたりもしない。そして思いがけない結末が。
最終章では、生者と死者を出会わせる役割の、傍観者だった少年自身が、ひとり出会うなら誰を選ぶべきかと苦悩する当事者になる。それが〈使者〉が背負っている宿命を明かし、少年の両親の悲痛な死の真相を解くカギにもなっていく。辻村の物語巧者ぶりには、うなるしかない。
〈死者は、残された生者のためにいる〉という一文は、それは生者優位的なエゴイスティックな意味ではないだろう。一度でも死者の存在を感じたら、残された生者は、死者とともに生きていることを忘れることはできない。死者が生者にかけた愛情や慈しみ、あるいは取り返しのつかない悲しみや後悔を、生の「証」として刻みつけてしまうから。
辻村深月
1980(昭和55)年、山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004(平成16)年に『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー。
2011年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で直木賞、2018年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。
ほかの作品に『ぼくのメジャースプーン』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『盲目的な恋と友情』『ハケンアニメ!』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』などがある。