Detail
目の前も大事だけど世界に無関心であってはならないと前書きに記されている知床日誌。
私自身はこれ以上自然を壊して何かをつくる必要はないと思っているし、開発という言葉は聞きたくもない。
共感しかない文章はこんなにも速く読めるんだとびっくりしました。
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知床日誌2
前回の知床日誌出版以降も日誌を書き続けた。出版を心待ちにしていた母は本の完成を待たず二千二十四年五月六日に亡くなった。百四歳の大往生だった。母は私の本の愛読者だった。
私は身の回りのことを書く。知床岬のソーラーパネル設置の愚、異常な熊被害の問題。今日のクマ被害の多発は西暦二千年の春グマ駆除猟禁止がその理由のひとつだ。クマやトド撃ちの猟師、自然保護に関わる人たち、そして研究者や動物愛護の人たちの話しを聞き、自分もヒグマの世界で生きる中で私はそう結論づけた。
ヒグマは猛獣だ。彼らとの共存は間引きで成り立っていた。クマは人を恐れる。人への恐怖が長い時間の中をかけて彼らのDNAに刷り込まれた。以前は冬眠穴から水を飲みに出るクマを獲ることで個体数を適正に保っていた。ヒグマ猟には目的があった。精霊信仰の意味合いもあった。毛皮や肉、内臓などの実利的目的もあった。狩猟が野生を健全に保っていた。それがヒトの知恵だった。人間は自然界に知恵で対峙してきた。しかしその構図がくずれ、わずか二十五年で結果的に彼らを人里に誘引した。この理由がわかれば自ずと対応も見えてくる。少なくともハンターの増員で解決できる問題ではない。今年捕獲された八割以上が銃ではなく、ワナによることからもそれはわかる。
観光船事故を理由に、知床半島先端部でソーラー発電が計画された。それは国の役所や政治家、自治体や学識経験者、地元関係者と通信企業などとの話し合いの中で決められた。環境へのダメージについては環境省も危惧した。ここはユネスコの世界自然遺産登録地なのだ。しかしそれは議論の片隅に追いやられ、希少生物の保護以外、強く主張されることはなかった。
知床岬にはごく特定の人しか行くことができない。大多数の人はテレビでしかそれを見られない。だから計画を知る由もなかった。私は早い時期にこれに気づいた。この海が生活の場だったからだ。自然保護団体がこれを知るにはしばらく時間がかかった。そして情報は限られていた。
新谷 暁生
1947年札幌生まれ。酪農学園大学卒業。ニセコ雪崩調査所所長。 北海道の雪山からヒマラヤ、国後、アリューシャン、パタゴニア、ホーン岬まで、山も海も 含めた世界の辺境に挑む。 夏は知床半島でのシーカヤックツアー「知床エクスペディション」を主宰。 冬期はニセコで遭難救助にあたり、毎朝「ニセコ雪崩情報」を発信し続ける。 ニセコモイワ山麓で50年にわたりロッジ・ウッドペッカーズを経営。
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