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戦争、原子炉のメルトダウン(炉心溶融)、自然災害、砂漠化、毒化、放射能汚染、経済崩壊に見舞われた場所……著者は2年間かけて、これらの場所を巡りました。普通の感覚で言えば自ら進んでいきたくなるのとは真逆の場所を訪れた理由は、「人間がいなくなった場所では、自然が回復、新生する」ことを自身の眼で確かめるためでした。本書は、世界中の荒廃し果てた土地を訪ね、自然の回復・新生の実態を追った、環境人文学の最先端を示す意欲作です。
著者は、私たちは「広範で自発的な再野生化の実験の真只中にいる」と言います。人間が戦争や災害などで土地を放棄することが自然の再野生化を促しており、ある研究によると、「世界中で回復しつつある生態系は、膨大で範囲も拡大しつつあり、六番目の大量絶滅を緩和するのに前例のない機会を提供している」、というのです。
◆紛争地の緩衝地帯はもっとも生物が豊かな場所のひとつ
一例として、キプロスの緩衝地帯を見てみましょう。ここでは、ギリシャ系住民とトルコ系住民との衝突を抑止するために、1974年に国際連合が引いた「グリーンライン」と呼ばれる緩衝地帯が存在しています。ギリシャ系住民が「ファマグスタ」とよび、他方トルコ人が「ガージマーウサ」と呼ぶその地帯は、チャイナ・ミエヴィルのSF小説『都市と都市』さながらに、死んだ時間と生きた時間が同時に存在する場所となっています。そしてそこは、人間が基本的に足を踏み入れることがない場所になることで、都市としては廃墟になりながらも、キンレンカ、ヤシが生い茂り、さまざまな生き物たちが繁栄を謳歌しているのです。「グリーンライン」は、その名前が示す通りの場所となったのです。このように、人類がなんらかの理由でいなくなった場所は、自然にとってはチャンスなのです。
このほか、ウクライナのチョルノービリや、フランスの化学兵器の毒が残るゾーン・ルージュ、産業衰退とともに荒廃したアメリカのデトロイトなど様々な場所が登場します。
◆人類の暗黒の書か、自然の救済の書か。
本書は、訪れた場所の性質から、人間の負の行為をたどる「暗黒の書」のようにも見えますが、著者はむしろ「救済の書」だといいます。「私が注目するのは、地平線の彼方に消えてゆく手つかずの自然の残照ではなく、夜明けの山際を照らす朝日の光である。ますます多くの土地が廃墟となっている今、その光は新たな野生の新たな夜明けを示しているのかもしれない。」そして、「ある場所が見違えるほど変わってしまい、すべての望みが絶たれたように見えるとき、どのようにして別の種類の生命の可能性を育むのだろうか。」と、生物にとっての新しい可能性の場として、これらの「見捨てられた土地」に希望を見い出しているのです。
本書は暗黒の書か、それとも救済の書なのか。ぜひご一読の上、ご自身でご判断いただければ幸いです。
カル・フリン(Cal Flyn)
作家・ジャーナリスト。サンデー・タイムズ紙とデイリー・テレグラフ紙の記者であるほか、ザ・ウィーク誌の寄稿編集者でもある。オックスフォードのレディ・マーガレット・ホールで実験心理学の修士号を取得。著書にオーストラリアの植民地問題を扱った「Thicker Than Water」がある。