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“王朝もの"の第二集。
芸術と道徳の相剋・矛盾という芥川のもっとも切実な問題を、「宇治拾遺物語」中の絵師良秀をモデルに追及し、古今襴にも似た典雅な色彩と線、迫力ある筆で描いた「地獄変」は、芥川の一代表作である。
ほかに、羅生門に群がる盗賊の凄惨な世界に愛のさまざまな姿を浮彫りにした「偸盗」、斬新な構想で作者の懐疑的な人生観を語る「薮の中」など6編を収録する。
目次
偸盗
地獄変
竜
往生絵巻
薮の中
六の宮の姫君
注解 三好行雄
解説 吉田精一
本書「地獄変」より
ああ、これでございます、これを描く為めに、あの恐ろしい出来事が起ったのでございます。又さもなければ如何に良秀でも、どうしてかように生々と奈落の苦艱(くげん)が画かれましょう。あの男はこの屏風の絵を仕上げた代りに、命さえも捨てるような、無惨な目に出遭いました。云わばこの絵の地獄は、本朝第一の絵師良秀が、自分で何時か堕ちて行く地獄だったのでございます。
*地獄変…地獄図。地獄を描いた変相図のひとつ。変相図は変または変相ともいい、仏教説話に説かれたことを造形表現化したもの。
本書「偸盗」より
どうせ死ぬ位なら、一日も長く生きていよう。そう思った己は、とうとう沙金の云うなりになって、弟と一しょに盗人の仲間入をした。それからの己は、火もつける。人も殺す。悪事と云う悪事で、何一つしなかったものはない。勿論、それも始めは、いやいやした。が、して見ると、意外に造作がない。己は何時の間にか、悪事を働くのが、人間の自然かもしれないと思い出した。
*偸盗…「偸」は人のものをぬすむこと。また、ぬすびとのこと。
芥川龍之介(1892-1927)
東京生れ。東京帝大英文科卒。在学中から創作を始め、短編「鼻」が夏目漱石の激賞を受ける。その後今昔物語などから材を取った王朝もの「羅生門」「芋粥」「藪の中」、中国の説話によった童話「杜子春」などを次々と発表、大正文壇の寵児となる。西欧の短編小説の手法・様式を完全に身に付け、東西の文献資料に材を仰ぎながら、自身の主題を見事に小説化した傑作を多数発表。1925(大正14)年頃より体調がすぐれず、「唯ぼんやりした不安」のなか、薬物自殺。「歯車」「或阿呆の一生」などの遺稿が遺された。