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真澄は道奥・蝦夷地への五十年にも及ぶ紀行に、辺土の風光と民俗生活を詳細に書きとどめている。しかし、すでに旅人として出立し、私たちの前に去来する真澄自身の前半生については全く不明の謎につつまれている。本書は真澄とともにたどる周到な取材行を終えた著者が、旅への鋭く深い洞察をもって、ほぼ生涯が旅人であった真澄の人間像に旅人であることの意味を掘り下げる。
目次
道奥への旅(『伊那の中路』以前;釜井庵と古今伝授;葡萄峠越え)
道奥の黄金の山(雪の越年;わたしの『秋田のかりね』;天明の飢饉;錦木塚・鹿角郡;雪はいよいよ降りて)
蝦夷島巡遊(島渡り;松前・江差・太田山;『えぞのてぶり』)
下北と津軽(下北の四季;津軽野;十三湖・深浦・暗門の滝;津軽藩採薬御用)
雪の出羽路(雪のみちのく;太良鉱山・釣瓶落峠;雪の森吉山嶺;米代川・比内付近;八郎潟・男鹿半島;終章)
秋元松代
劇作家。1911年、横浜生まれ。三好十郎主宰の戯曲研究会に入り、1947年に処女作『軽塵』を発表。1960年の『村岡伊平治伝』、1964年の『常陸坊海尊』(田村俊子賞)、1969年の『かさぶた式部考』(毎日芸術賞)、1975年の『アディオス号の歌』(紀伊國屋演劇賞)、『七人みさき』(読売文学賞戯曲賞)などを執筆。1979年には紫綬褒章を受章。同年初演の蜷川幸雄演出『近松心中物語』(菊田一夫演劇賞)は通算上演回数一千回を超える人気の舞台となった。2001年没。