Detail
じつは今、ぼくはテオとポーラの家で暮らしている。
ホウス岬のつけ根にあって、五、六分歩けば海辺に立てるこの地区はかつての漁師村で、バルドイル(黒髪のよそ者の町)と呼ばれている。(……)二十五年前には黒々していたぼくの髪はすっかり色あせて、今では金髪ならぬ白髪のよそ者になってしまった。
思えば四半世紀の歳月は、詩人たちの人生ばかりか、アイルランドも大きく変えた。一九九〇年代中頃にはじまった〈ケルティック・タイガー〉と呼ばれる経済バブルを経験したこの国は、移民を他国へ送り出す国から、移民が殺到する国へと変貌を遂げた。」
詩と音楽とビールの町ダブリン。その百年の歴史をたどり、そこで起きているものごとを味わい、そこからドイツやイタリア、オランダやベルギーまで出かける。
旅先でふと手に入れたモノが時空を超えた物語をもたらしてくれる。親密だった文化の作り手たちへの追悼は辛いものだ。だが本書の核心にあるのは何よりも当地の「ことば」と「ひとびと」への熱い思いにほかならない。
『アイルランドモノ語り』(読売文学賞)から八年、紀行文の名手による好奇心と探究心のたまものを新たな一冊とする。
目次
1 ダブリン便り
2 紆余曲折のクロニクル
3 “起きているものごと”が奏でる音楽
4 白いビールと冬の高潮
5 アッシジ発フィレンツェ経由ダブリン行き
6 低地地方から船出して
7 おしゃべりなひとびと、北西のひとびと
8 シェイマス・ヒーニーと仲間たち
9 生きのびていくことば
栩木伸明
1958年生まれ。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得退学。
現在、早稲田大学教授。専攻はアイルランド文学・文化。
著書に『アイルランドモノ語り』(みすず書房、読売文学賞受賞)など