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世界は、私たちを押しつぶそうとする。それに屈せず、自由に生きることははたして可能なのか?
自由意志論や脳科学的視点など自由と主体を巡る哲学的探究の後に、著者は明治の日本近代文学へ分け入る。坪内逍遥から二葉亭四迷、森鷗外、幸田露伴、泉鏡花、島崎藤村、田山花袋そして夏目漱石へ——明治の小説を哲学的に読みながら、《いかにして私たちは主体的に生きることができるか》を深く考え、その原理を探究する。哲学と小説を往還しながら切り拓く、新たな〈人間の自由〉論。
【哲学】……自由と主体、行為と出来事、存在論的多元主義、自己形成的行為
【小説】……様式(モード)、魔、狂信、告白、アイロニー
〈自由〉と〈主体〉をめぐる概念の森をくぐり抜けた末に見えてきた光景とは——
目次
第一部 哲学から小説へ――自由と主体をめぐる原理的探究
第1章 選択と報(むく)い――自由と主体の哲学へのイントロダクション
1 人間理解を深めるために自由と主体を論じること 000
2 自由と主体の哲学への導入――フラナリー・オコナーの小説 000
3 短編「善人はなかなかいない」のプロット 000
4 「おばあちゃん」の悪徳 000
5 選択と物語の分岐 000
6 選択と報いの関わり 000
第2章 正義と責任――自由と責任にかかわる概念の森
1 正義と責任の問題へ
2 グリコ・森永事件の始まり
3 未解決事件、および正義のバランス
4 真犯人が現れない
5 タッチの差の自責と後悔
6 責任とは何か
7 行為には結果が伴う
8 人間生活の世界観
第3章 罪など本当に存在するのか
1 〈責任〉や〈正義〉の概念は捨て去られるべきだという主張
2 暴力犯罪と脳腫瘍
3 自由による選択などはありえない
4 「治療」という犯罪者処遇
5 脳への治療的介入の可能性
6 犯罪のない世界
7 暴力行動の治療のダークサイド
8 〈罪‐報い〉という理解のフレームワーク
第4章 コントロールの幻想、あるいは人間の物体性について
1 なぜ脳が行動の原因であれば、自由がなくなると言えるのか?
2 戦争の物語としての『重力の虹』
3 物質の次元と〈報い〉や〈正義〉の概念
4 「V」は報復のV
5 物質の次元と〈主体〉や〈行為〉の概念
6 神経科学の視点が〈自由〉の否定につながる理由
第5章 それでも自由は存在するのであるが……
1 《自由の存在は完全には否定されない》という命題へ向けて
2 出来事と行為の区別
3 自由の根本問題
4 客観的視点と日常的視点
5 出来事を組み合わせて行為を構成できるか?
6 それでも私たちが自由な行為の主体であること
7 宿命論の物語
8 選択は避けられない
第6章 自由や主体を「物理的に」説明できるか?
1 本書の全体的な立場の提示に向けて
2 「哲学の中心問題」とは
3 物質の運動を組み合わせて機能は説明できるか?
4 自分の行為に責任を負う主体の生成
5 〈物体〉に関わる概念を組み合わせるだけでは生み出されえないもの
6 世界を一枚の絵で描き切ることはできない
第7章 物語の哲学へ
1 自由が立ち上げる物語
2 「自己形成的行為」という自由の発露の場
3 人生の物語の作者になること
4 物体のレベルの物語
5 自由と主体の哲学にとっての小説の意義
第二部 小説から哲学へ――自由と主体をめぐる解釈的‐歴史的探究
第8章 主体の様式(モード)――坪内逍遥
1 明治の小説家たちが切り拓いた〈語りの空間〉
2 人情という内面心理を描き出す美術としての小説
3 小説の自立性
4 『当世書生気質』の意義
5 〈学生〉という主体の存在様式
6 書生の決断を描く
7 小説が拓いた「語りの空間」
第9章 世界と自己の対立――二葉亭四迷・山田美妙・尾崎紅葉
1 文体と世界
2 言文一致体とリアリズム
3 『浮雲』における〈世界に翻弄される主体〉
4 世界は文三の意図や願望にまったく無関心で……
5 唐突に容赦がない「武蔵野」
6 「ありのままの世界」のさまざまなバージョン
7 尾崎紅葉と『金色夜叉』の敗北
8 世界との戦いに主体の勝利はない
9 貫一と紅葉の照応
第10章 挫折と生の輝き――森鷗外・幸田露伴・樋口一葉
1 主体性が輝くとき
2 「近代的自我」の覚醒と挫折
3 豊太郎の悲劇性
4 妥協と自己喪失
5 「魔」の重要性
6 「奇蹟」のようなものを呼び寄せる
7 十兵衛の決断の逆説
8 「正直律儀」の欺瞞性
9 覚悟の意義
10 主体性の輝き
第11章 いかにして覚悟は可能か?――川上眉(び)山(ざん)・泉鏡花・広津柳(りゆう)浪(ろう)
1 谷間の作家たち
2 「悲惨小説」あるいは「観念小説」とは何か
3 好青年の転落を描く眉山
4 〈夢追い人〉とコントロールを超えた悲劇
5 梅吉は十兵衛やお峯とどう違うのか
6 義務に殉じて死ぬ者を描く鏡花
7 狂信の問題
8 現実のグロテスクな側面を写実する柳浪
9 義父に虐待される嫁が……
10 覚悟の欠如の問題
第12章 〈告白〉の威力とその限界――島崎藤村・田山花(か)袋(たい)・国木田独歩
1 〈告白〉という原理
2 自然主義とは何か
3 自然主義の作品としての『破戒』
4 《自分は何者か》が隠匿されること
5 〈告白〉という解決
6 性欲を語る花袋
7 告白によって「束縛」を転化する
8 「蒲団」の二重性
9 〈告白する主体〉と近代的自我の完成
10 自然主義をはみ出し「独りで歩く」国木田独歩
11 解決につながらない告白
12 告白の限界
13 〈告白〉に代わる原理は存在するか?
第13章 世界と自己はどこまでも一致しない――夏目漱石『三四郎』と『それから』
1 漱石の「逆説的」見解へ向けて
2 漱石をどう論じるか
3 本書の漱石論の限界
4 どうにもならない現実の世界に向き合う三四郎
5 世界と自己の関係の根本的構造
6 告白する代助とその限界
7 『それから』の消極的主張
8 〈告白〉の威力を相対化する漱石
9 〈告白〉の不可能性
第14章 漱石の「非原理の原理」――『門』
1 『門』の読解へ
2 告白しない宗助
3 谷崎の『門』批判
4 〈解決を与えない〉という積極的側面
5 〈私たちの物語〉としての『門』
6 アイロニカルな主体
7 以上の指摘の傍証――論考「イズムの功過」におけるアイロニーの重視
8 実験的であることと慎重であること
9 アイロニーという「非原理の原理」
10 梅吉、八田、お都賀らの何が問題だったのか
11 偶然性の波に乗ること